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岡山地方裁判所津山支部 昭和38年(ワ)29号 判決

原告 小島正志

被告 ほまれ酒造株式会社 外一名

主文

被告松岡克己は、原告に対し金一〇八万〇四九三円および内金九四万五四六八円に対する昭和三七年四月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払らえ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告松岡の負担とする。

この判決の主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

原告代理人は、被告両名は連帯した原告に対し金一〇八万〇四九三円および内金九四万五四六八円に対する昭和三七年四月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払らえ。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

原告は昭和三二年頃から訴外松岡酒造有限会社(以下訴外会社という)に対し、利息は日歩四銭の約定を以てしばしば金員を貸与していたが、訴外会社は昭和三七年一月八日に、昭和三六年一二月三一日現在における貸金債務の元本総額が金九四万五四六八円であり、同日までの貸金に対する日歩四銭の約定利息を合算して債務総額を金一二五万とすることを承認した上、同日原告との間に右債権を目的とする準消費貸借を締結し、同年三月末日限りこれが支払らいを約した。(右支払期日までの利息の約定はない)そして被告松岡は、訴外会社の右債務につき連帯保証をした。しかるに訴外会社および被告松岡は、右支払期日に債務の完済をなさず、訴外会社は昭和三七年八月一七日被告ほまれ酒造株式会社(以下被告会社という)に吸収合併され、同年八月二五日その登記を経由し、訴外会社の右債務は被告会社がこれを承継した。しかして原告は、被告松岡主張の支払分中、田を耕作したによる利益金一万五〇〇〇円、井戸の代金五〇〇〇円、家具類等の引渡による金一〇万九〇〇〇円、清酒の売掛金四万〇五〇七円による相殺を認めることとし、その合計金一六万九五〇七円を前記金一二五万円の債務額から控除すると、残債務は金一〇八万〇四九三円となる。

よつて原告は被告両名に対し、右金員および前記準消費貸借締結の際の貸金元本金九四万五四六八円に対する前記約定支払期日の翌日である昭和三七年四月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払らいを求める。と述べ

被告松岡主張の減額の約定、および被告松岡の経済状態が良くなつたとき、その余を同被告がいくらでもよい支払う旨の特約の成立を否認する、乙第一号証は、昭和三七年三月末日までに訴外会社が被告会社に吸収合併の手続を完了し、多額の金員を入手しうるので、そのとき元利合計を完済する、訴外会社に多額の債務があると、右合併が不成立となるので、被告会社に直接請求をしないでくれとの依頼により、右支払のあることを条件に作成した書面であり、訴外会社が被告会社に吸収合併された後、原告の被告会社に対する請求権を放棄する趣旨のものではない。と主張した。

証拠〈省略〉

被告両名代理人は、請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求め、答弁として

原告主張事実中、訴外会社(答弁書に株式会社とあるは誤記と認める。)が昭和三七年八月一七日被告会社に吸収合併され、同年八月二五日その登記を経由したことはこれを認めるが、その余の事実を否認する。訴外会社は原告から金借しておらず、被告松岡は訴外会社のため保証をした事実もない。

被告松岡は、甲第一号証の金一二五万円の借用証を差入後、原告に対し、次のとおり内払をしており、なお原告から次のとおり債務減額の承諾をえている。

1、昭和三七年中の支払分

(イ)  金 一万五〇〇〇円 被告松岡の田を原告が耕作してえた収益金

(ロ)  金   五〇〇〇円 井戸の売買代金

2、昭和三八年中の支払分

(イ)  金一〇万九〇〇〇円 家具類の引渡によるもの

(ロ)  金 四万〇五〇七円 清酒売掛代金による相殺

3、原告は昭和三七年一二月頃、残債務を金七〇万円に減額することを承諾し、その余は被告松岡の経済状態が良くなつたときいくらでも支払つてくれればよい旨を約した。前記2の(イ)(ロ)の支払分は、右減額した金七〇万円の内払となるのでこれを差引すると、被告松岡の残債務は金五五万〇四九三円あるに過ぎない。と述べた。

証拠〈省略〉

理由

訴外会社が昭和三七年八月一七日被告会社に吸収合併され、同年八月二五日その登記を経由したことは当事者間に争がない。

原告は、その主張のとおり原告が訴外会社に対し貸金債権を有し、被告松岡が右債務につき連帯保証をしたと主張し、被告らはこれを否認し、被告松岡のみが甲第一号証による金一二五万円の債務を負担した事実はこれを争わないもののようである。そこでまず原告が訴外会社に対し貸金債権を有するか否かについて審究するに、被告松岡が成立を認める甲第一号証、成立に争のない甲第四号証、第五号証、乙第一号証および原告本人尋問の結果を総合すると、被告松岡は訴外会社の代表取締役であつて、訴外会社が原告から金借した場合、被告松岡が訴外会社を代表した形式の書面が作成されていること、訴外会社は原告から昭和三五年四月二六日に金一〇万円、同年五月九日に金一三〇万円を各金借した証書が作成されておるが、前者(甲第四号証)については借主欄の筆頭に訴外会社の名称が記載されているほか、被告松岡個人、訴外大室周市の名も連記押印されており、後者(甲第五号証)は動産の譲渡担保付として公正証書が作成され、債務者欄には訴外会社の名称のみが掲記されていること、しかるに訴外会社が右担保物件を原告に無断で処分し、昭和三七年一月八日原告と訴外会社の代表者たる被告松岡とは、従前の貸金債務について整理計算をなし昭和三六年一二月三一日現在の元本総額が金九四万五四六八円となることを確認し、これに約定利息を加算して債権総額を合計金一二五万円とすることを合意し、右金員を昭和三七年三月末日限り支払うことを約して甲第一号証(借用証)が作成されたこと、ところが当時訴外会社と被告会社とが合併する話があり、訴外会社に多額の債務があることが被告会社に知れると、合併が不成立となる虞があつたので、被告松岡が甲第一号証の債務者欄に被告松岡個人の名のみを記載したところ、原告は右貸金は訴外会社に対するものであるから訴外会社の名をも記載するよう要求し、被告松岡個人の名の次に訴外会社の名が併記されたこと、被告松岡は甲第一号証に訴外会社の名を併記する代りに、前記合併の話があることを原告に伝え、原告から被告会社に対して右債権の請求をしないよう要求し、原告は昭和三七年三月末日限り右支払のあることを期待して右要求を容れ、甲第一号証と同日付で被告会社に請求しない趣旨の乙第一号証を作成し、被告松岡にこれを交付したこと、甲第四号証、第五号証によつてみると、これら証書による金員の借用主は訴外会社であり、その引継ぎと認められる甲第一号証による金員の借用主もまた訴外会社と認められること等の事実が認めることができる。被告松岡本人の供述中には、前記甲第四号証、第五号証による債務は、解決済である旨の供述部分があるが、右は全額完済された趣旨とは認めえず、したがつて甲第一号証による債務は従前の債務が引継がれたとの前認定の妨げとはならず、また右供述中甲第一号証による金員は、被告松岡が個人として借り受け、訴外会社に立替えた旨の供述部分は、弁論の全趣旨に照らしたやすく措信し難い。

甲第一号証の借主欄には、前記のとおり被告松岡個人の名が初に記載され、その次に訴外会社代表取締役としての松岡克己の名が記載されているが、その記載方法の先後にかかわらず、その実質的借主は、前認定のとおり訴外会社であると認められるところ、被告松岡は個人としては同証による債務の負担を争わないと認められ、同証の記載上保証または連帯保証等の趣旨は明記されていないが、右債務は主債務者たる訴外会社の商行為に因り生じた債務と認めるを相当とするから、被告松岡が単純保証の趣旨で同証に署名押印をしたものであるとしても、被告松岡は訴外会社と連帯して同証による債務を負担すべき筋合にあると認められる。

次に甲第一号証による残債務額について検討するに、被告主張1のイ、ロ、2のイ、ロの合計金一六万九五〇七円の弁済は、原告の認めるところであるから、これを同証の金一二五万円から差引すると残債務は金一〇八万〇四九三円となることが計数上明らかである。被告松岡は、原告が甲第一号証の債務を金七〇万円に減額することを承諾し、その余はいわゆる出世払の約定となつており、被告主張の2のイ、ロの弁済額を金七〇万円から控除したものについてのみ被告松岡に支払義務があると主張するが、被告松岡の全立証によるも右減額のあつた事実を肯認するに足らず、他にこれを認めるに足る証拠もないので、被告松岡主張の右抗弁を採用することはできない。そうすると被告松岡および訴外会社は連帯して原告に対し前記残債務額金一〇八万〇四九三円および甲第一号証に記載の元本総額金九四万五四六八円に対する同証による約定弁済期の翌日である昭和三七年四月一日以降、原告の請求する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払らい義務を免れえないと認める。

しかして原告は、その主張のとおり被告会社は訴外会社を吸収合併したから、訴外会社の右債務を承継した旨を主張して、被告会社に対し本訴請求をしているものであるところ、被告会社が原告主張のとおり訴外会社を吸収合併し、その登記を経由したことは当事者間に争がなく、会社合併の場合は、存続会社が被吸収会社の債権債務を承継することは、商法一〇三条、四一六条により明らかであるから、一般的にいえば被告会社は、訴外会社の原告に対する前記債務を承継すべき筋合にある。

しかしながら、前認定のように、原告が乙第一号証を作成し、被告会社が訴外会社を吸収合併する場合、当然考慮すべき訴外会社の債務額を被告会社に秘することに協力した関係となる場合において、なお原告が被告会社に対し訴外会社の債務を承継した旨を主張して、これを請求しうるかは問題である。前顕乙第一号証によれば、原告は金一二五万円を被告会社に対し絶対請求しない旨を被告松岡に対し約している。前顕甲第一号証によれば、被告松岡および訴外会社は、金一二五万円を昭和三七年三月末日限り原告に支払うこととなつているので、原告が右支払のあることを期待して、乙第一号証を作成したことも諒としえないことではできない。しかしながら、原告は乙第一号証作成当時、訴外会社が被告会社に吸収合併されることを知つていたのであるから、右弁済期に支払がなかつた場合は、当然訴外会社の原告に対する債務が被告会社に承継される手続を執るよう要求すべきであつた。原告に対する訴外会社の債務が、被告会社に知れることによつて、合併の成否、条件に影響をきたすことがあつたとしても、それは原告の責を負うべきことではない。本件の場合は前記弁済期後、正式に会社合併がなされるまでに四カ月半の期間が存したのであるから、原告は自己の債権保全のため適切なる手段方法を採ることもできえたのである。しかるに原告は、合併完了まで訴外会社の原告に対する債務を被告会社に秘することに協力しておきながら、被告会社が訴外会社を吸収合併の手続を完了した後にいたつて、突如被告会社に対し、本件債権の請求をするにいたつたもので、このようなことは信義則に照らし是認しうべきことではない。もしこのようなことが是認されるとすると、支払能力のない会社に対し債権を有する者が、その会社代表者と結託して、支払能力のある会社に被合併会社の債務を秘して吸収合併をなさしめ、債権の回収を企図することを是認すると同断であつて、その不当は明らかである。

商法一〇〇条(株式会社、有限会社に準用)は、会社合併の場合における会社債権者の保護を規定している。この規定は、被合併会社が、その債務を秘して会社合併をするような特別の事態を予想していないようであるが、被合併会社がその債務を故意に吸収会社に引継がない場合においても、原則的には合併の効果として被合併会社の債務は、存続会社に承継されるとなすべきであろう。けだし会社債権者が催告に対し異議を述べず、合併を承認したものとみなされる場合、或は会社債権者不知の間に合併がなされた場合において、右引継ぎがなされなかつた一事により、会社債権者がその債権を失なうにいたる理はなく、右の場合存続会社は被合併会社責任者の責任を追及することによつて問題を解決するほかないことだからである。しかし本件の場合はこれと異なり、会社債権者たる原告が、被合併会社たる訴外会社の債務を存続会社たる被告会社に引継ぐのを秘することに協力をした関係にあるから、被告会社が本件債務の存在を知らないで合併条件を決定したことについて、原告もその責任を負担すべき筋合にあり、このような不信義な態度をとつた原告が、被告会社に対し本件債権の請求をなしうるとすることは、前記事由により許されないものというべく、右原則の例外をなすとせざるをえないのである。なお被告らは、訴外会社が原告に対し債務を負担していないとして、被告会社の債務承継の事実を否認しているが、弁論の全趣旨(原告代理人へ送達されている未陳述の金田代理人名義の答弁書)によれば、右主張事実には被告会社に引継がれない訴外会社の債務については、被告会社にその責任がない旨の主張をも含むと解するのが相当であり、当裁判所が右判断をしても弁論主義に反するものではないと考える。

以上の次第であるから、被告松岡に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告会社に対する本訴請求は失当と認めこれを棄却し、訴訟費用は民訴第八九条、九二条、九三条に従い被告松岡の負担とし、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田力太郎)

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